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1984年、当社は世界的に広まりつつあった「通信の自由化」のうねりの中で誕生しました。
近い将来、必ず通信が社会活動や人々の日常生活を豊かにするという確信と夢を糧にしての創業でした。
当時、唯一の通信インフラであったアナログ回線上でのデータ通信は、大きなビジネスチャンスとして、様々な企業が最先端のモデム通信技術を競い合い、通信スピードの高速化に参入してきました。変復調技術を有した当社も自社開発によりモデムの開発に成功しました。以来、通信の自由化はインフラ、サービスの高度化をもたらし、デジタル化、ISDN網、携帯電話等のサービスが実用化される都度、最先端の通信機器の自社開発に挑戦してまいりました。
その後、DDIポケットからのPHS通信機器開発を受注。我々が培ってきた技術力・経験を応用する機会が与えられました。2001年には、モバイル通信では世界最速(発売当時)の128kbpsでのパケット通信カードの開発・販売へとつながり、2005年8月に発売100万台をこえました。2005年11月、これまでの通信技術の集大成により、不可能と思われてきたPHS通信カードのSIM化に成功し、モバイル通信の新たなスタイルを提案できることに貢献できました。
また、ホームネットワークの分野では、将来普及が期待されているPLC(電力線通信)の研究開発そして、製品化を進めています。
創立以来、社内に脈々と流れるDNA、それは、最先端の通信機器を開発しようとするチャレンジ精神です。インデックスグループ傘下となり、社名を一新しても、このDNAは絶やすことなく増殖していきます。我々は今後成長が目覚しいと目されるモバイル・ワイヤレス・コミュニケーションや、デジタル・ホームネットワークの分野で、DNAが騒ぐような開発を続けていきます。
| 昭和59年4月 | 本多通信工業株式会社の出資を受け本多エレクトロン株式会社として、資本金1,000万円で設立、本社を東京都目黒区碑文谷に設置、通信回線用機器の設計、製造を開始 |
|---|---|
| 昭和60年8月 | 岩手県花巻市に花巻工場完成、操業開始 |
| 昭和61年8月 | 財団法人岩手県高度技術振興機構の設立に参加 |
| 昭和62年8月 | 本社を東京都港区芝浦に移転 |
| 平成10年9月 | 北部通信工業株式会社及び同グループ会社が大株主となる |
| 平成11年10月 | ISO品質認証取得(ISO-9001 JQA-QM3856) |
| 平成14年1月 | PHSで世界初の128Kbpsデ−タ通信カード発売 |
| 平成14年6月 | PHSデータ通信カード開発の拠点として、花巻R&Dセンターを開設 |
| 平成15年4月 | 東京R&Dセンターを開設し、PLC開発、ワイヤレス開発の拠点を設置 |
| 平成15年9月 | 本社を現所在地である東京都中央区京橋に移転 |
| 平成15年12月 | ISO環境認証取得(ISO-14001 JQA-EM3575) |
| 平成16年6月 | 株式会社インデックスが2,416株式取得し、株式会社インデックスの子会社となる |
| 平成17年1月 | BCNAWARD モデム部門で最優秀賞受賞 |
| 平成17年4月 | 経営体制を一新し、現在の役員体制に変更 |
| 平成17年6月 | 半導体製造装置事業を芝浦メカトロニクス株式会社に営業譲渡し、情報通信事業に特化 |
| 平成17年9月 | 本多エレクトロン株式会社から、株式会社ネットインデックスへ社名変更 |
| 平成17年9月 | 株式会社ネットインデックス・イー・エスを設立し、製造・サービス部門を分離 |
| 平成17年11月 | 世界最小のPHS通信モジュールであるW-SIMと初のSIM STYLE音声端末を納入 |
| 平成18年3月 | 第三者割当増資による新株式300株発行 |
| 平成19年6月 | ジャスダック証券取引所市場に上場(証券コード:6634) |